「銭貸し妖怪」 

 神籠岩の近くにある四つ辻では、節分の夜中になると銭の入った袋をかついだ銭貸し妖怪というのが通った
そうで、ある男がその妖怪に一年後に返す約束で金を借りた。
 しかし約束の日までに金を用意できず、弱り果てた男は智恵のある人に相談した。
 そして節分の夜、男は教えられた通りに四つ辻に仰向けで寝ると赤子がオシメを取り替える時のように両足を
上げると腹の上にはお椀を、ケツ(尻)の上には鍵の掛かった錠前を乗せて銭貸し妖怪を待った。
 やがてジャラジャラと銭を音をさせて現れた銭貸し妖怪は男の姿を見て
 「しもうた!ハラワン(腹椀)にケツジョウ(尻錠)おりたか!」
 と唸ってすごすごと去って行ったそうだ。
 昔はお上が決定したことを「ケツジョウ」と言ったが尻の上の錠を見てお上の決定なら、と諦める。
 因業な金貸しもお上の決定には弱いと言う皮肉が込められていそうな話だ。

「神籠岩の天狗」

 柿野山の尾根の岩山は、天狗がおうこ(にない棒)で前後に大岩を担って歩く途中に、おうこが折れて岩が残っ
た物だと言われた。
 後ろに担っていた岩は端の谷の田の近くに転がり、前に担っていた岩は、魚返り淵の下の田の脇にある。

「ドウロクジン」

 昭和30年代の話。
 Mさんが夜道を歩いていたら突然目の前に電柱くらいの高さの人影が立ちふさがった。
豪胆なMさんは「こりゃドウロクジンかもしれん」と思うて、触ってみようとしたが手ごたえがない。
それに向かって寄って行くと相手が遠のく。
急いで家に帰り、提灯をつけて確かめに行ったがもう姿はなかった。

「薬師歩危の怪」

 明治20年代に開通した国道は現在のホテルまんなかの前から今の藤川谷入口に架かる三橋の真ん中
の橋(戦後までこの木橋しかなかった)を渡り薬師下に至ると断崖を削って作られた危険な急カーブになって
おり、よく事故が起きるので薬師歩危の狸のしわざといわれていた。
 Hさんが旧制池田中学校へ通っていた朝、カーブの向こうに阿波赤野駅(今の大歩危駅)の灯りが見え
そこへ真っすぐな道路ができていた。
 「良い道ができとるわ」と思って足を踏み出すと体が宙に浮き、バサバサっと木の枝に引っかかりながら
崖下に落ちた。
 幸い命は助かったものの、日の短い朝晩の「薬師歩危」の道は恐ろしい所だった。
 このことがあってからHさんの家では犬を飼い、薬師歩危を過ぎるまで通学のお供をさせた。
 狸は犬に弱いと言われるが、それいらい化かされる事はなくなった。